FF11:思い出深い一人のユーザー
好きなユーザーにEQからFF11にきた人がいた。
その人はEQでもかなりのコアなネットゲーユーザー(いわゆる廃人)だったらしく、FF11でもダントツなスピードとプレイ時間で先を進んでいた。
その人はよく「FF11ってあまり好きになれないんだよね・・・」と言っていた。
いろいろ話した中でも最も心に残っている言葉は
「FF11は、友達はできるでしょう。戦友もできるかもしれない。でも、家族はできない」
というのもその人は、EQでRaid(いわゆるグループ・組織、何十人と協力しないと倒せないような敵を倒したりする、場合によっては非常に高度な戦術が必要とされることもある)をやっていた人で、比較的リーダー的な存在でプレイをしていたようだった。
そのRaidでは、プレイヤーは常に自分の利益よりもRaidの利益を考え、お互いの利益のために行動するプレイスタイルだったようだ。(お互い協力し合って装備品や魔法を強化していくことは、しいてはそのRaidの強さの向上に結びつき、より強い敵と戦える。そしてそれはまたよりレアアイテムを入手できるという好循環につながるため)
それに比べるとFF11は、比較的自己の利益のためだけにプレイする人が多く、その人はそのことを大きく悲しんでいた。自分の欲しいアイテムや魔法を手に入れたら、平気で協力してくれた人に背を向けて恩を踏みにじって去ってしまう・・そんな人は確かにいた。
ひとつの理由として考えられるのは、PC専用で、ネットゲームと初めから意識してプレイを始める必要があるため比較的大人のプレイヤーが多いEQに比べて、
FF11はそのネームバリュー、そしてPS2という敷居の低い環境のためオフラインゲームの意識のままでプレイを始めるプレイヤーが多かったといういうことがあるだろう。
それはその人もちゃんと理解していて、そのため自分の好きなように、自由勝手気ままにプレイできるFF11をそれはそれでひとつのネットゲームとして認めてはいたが、やはり、どこか馴染めていないようだった。
また、もうひとつの理由として、ユーザーありきで、ユーザーが楽しく遊べるようにするために、どんどんとユーザーにとってプラスになるようなアップデートをしていったEQに対して、FF11は、まずFF11というゲームありきで、延命とも言えるようなユーザーにとっては負担となるようなアップデートをしていったこともあるだろう。
その人が求めていたのは、一緒に苦労を分かち合い、仲間のためなら自分を犠牲にすることができるといったような戦友の枠を超えて、リアルの生活よりもゲーム内での生活を最優先し仲間と過ごすという家族のような関係と、そういった関係を構築することができるゲーム環境だったからだ。
その人が求めるものは確かに極端で、EQユーザーの大多数もそれに当てはまるとは考えられないが、ただひとつ言える事は、その人が求めることはEQではある程度達成することができ、FF11では達成できなかったということ。
やがて、
その人は、自分のHNMLS(HNMという強大な敵を討伐するグループ)を作り、リーダーとして率いることになる。僕が所属しているHNMLSと良きライバルとして対抗した。
その人の理想は、時に反発や誤解を生み、したらばのFF11鯖板に晒されることもあった。そして、仕事が忙しいということもあったらしく、だんだんとアクセス時間は減っていき、姿を見る機会は少なくなっていった。
FF11はFFの名前を冠したこともあって、日本一のMMOとなりビジネス的にも成功したとは言える。ただ、その開発の背景には、既存のゲームメーカーらしいユーザーありきの開発ではなく、ゲームありきの開発が見えてならない。